まえがき

この本のタイトルについて書きます。『知ってはならない歴史』は「知らなければならない」という意味を掛けているのですが、素直にそうしなかったのは露骨に隠されたままの部分もあるから、このようなタイトルになりました。奇をてらったとか、人の意表を衝くつもりはありません。
たとえば伊藤博文の死は韓国人・安重根(ァンジュングン)の狙撃によるとされていますが、本当でしょう)か。安重根は拳銃で狙撃したのですが、伊藤博文の体内に残された二発の銃弾はフランス騎兵銃の弾でした。安重根が使用したのはブローニング拳銃でした。第三章に詳しく書いています。
また張作森(チョウサクリン)の爆殺事件(1928・昭和三年六月)は、日本関東軍の謀略だということになっています。本当でしょうか。私には、伊藤博文の暗殺と同じ文脈が見えてきます。
本文八章(注1)に記しています。
このように「知ってはならない歴史」というのは存在するのです。
私は高校の「地歴」「公民」の教師を定年まで勤め、その後は大学の教師として高校生・学生と過ごしてきた現場の教師です。高校と大学の先生の差のひとつが、自分の「専門分野」にあります。大学の先生は自分の専門に特化して研究・講義するのを任務としているのに対し、高校の先生に専門分野への特化はまずありません。歴史を例にすれば、高校生には人類の誕生から現代に至る通史を講義するのが仕事です。勿論、特化した専門分野を有する立派な高校の先生はいます。しかし、通史の講義は毎年の義務です。
三十八年間も通史を講義していると「あれ?」と教科書の記述に疑問が湧いてくることが多々あるものです。「従軍慰安婦」の記述が登場してきたときには、私は即座に「変だ」と思いました。私の老母(九十六歳)は従軍看護婦でした。南支那派遣軍広東第一陸軍病院の開設に従事した初代の総婦長が彼女です。三年の戦地勤務の後、私が生まれています。老母は教科書を読み、「馬鹿なことを」と吐き捨てるように言いました。「従軍記者・・・・カメラマン・・・・など従軍と言えば、身分は軍属であり、戦死なら靖国神社よ・・・・従軍慰安婦などと、こんなばかな言葉はなかった」と言ったものです。調べてみましたら老母の言う通りでした。本文に書いています。
『朝日新聞』に「中国の旅」(本多勝一記者)が連載された時、母は毎日のように怒っていました。日本刀での「百人斬り競争」の記事では、古流儀剣術の稽古歴の長い私に「どう思う?」と聞いたものです。私は笑うしかありませんでした。将校の軍刀は片手で使用するのが普通です。指揮のためです。柄(つか)の頭から二重の紐が垂れていますが、これは飾りではなく手首を通してひねり、滑っても刀が飛んでいくのを防ぐ物(手貰き)なのです。片手で大の男を斬り伏せるほどの遣い手は、私の知る限り日本でも数人くらいしか想像できません。
私の住む岐阜県関市は「関の孫六」で知られる刀の町です。二人の将校が軍刀を突き、並んで立っている有名な写真を見れば、刀の姿(体配)から「孫六」(二代目兼元)ではないことは一目瞭然です。孫六を振るって殺人競争をしたというのは詐話です。死刑になった二人の将校に合掌します。
本書は当初「日本生存の意志と情動」といったふうなタイトルになる予定でした。三年前に出した本のタイトルを継ぎ「続……」となったのには悲しい訳があります。〔追記〕に書いています。
マッカーサーは「日本の戦争は自衛のためだった」と上院で証言しました。東京裁判は間違いだったともトルーマン大統領に告白しました。日本のメディアは完全に黙殺してきました。なぜなのでしょうか。本書のメインのひとつです。第八章に詳述しました。
今次の大戦の勝利者はスターリン・毛沢東でした。ルーズベルトもチャーチルも敗者です。この拙いささやかな本が、日本人の史観が豊かになる埋め草になり得れば幸せです。
七月三十一日、米国下院本会議で採択された慰安婦決議に「二十世紀最大の性的奴隷制度」とあります。なにも日本人は動じる必要はありません。ただ中国・北朝鮮の歴史工作との歴史戦争なのだと認識し、戦う覚悟を固める必要があります。事実無根の「南京大虐殺」の情報戦争は七十年後の今日も続いているのです。火を吹く戦争のほかにナショナル・アイデンテイティ・ウォーという戦争があります。スペイン大帝国はアイデンテイティ・ウォーに敗北して、イスパノフォビア(スペイン嫌悪)に陥り衰滅しました。ジパノフォビア(日本嫌悪)にさいなまれ、寂しく日本を嘲笑する日本人が主流になれば確実に日本は衰滅します。
七十年前の十二月、南京が陥落しました。現地にいた数百人の内外報道記者たちは虐殺などという記事を発してはいません。国民政府は延べ三百回以上の記者会見を行いながら「虐殺」には一言も言及していません。嘘を言っても、現場を知る人間が現場にいる間は嘘は通らないから虐殺を言わなかったのです。現場を遠く離れた外国(欧米)で、金銭で工作された欧米人が「南京虐殺」の本をこっそりと出しました。ティンパリーやラーベたちです。田伯烈とは中国国民党の工作員(エージェント)・ティンパリーのことです。『戦争とは何か』はこうして静かに船出しました。『ラーベの日記』のラーベ(ドイツ人)はナチス党員であり、ドイツ最大の軍需会社シーメンスの南京支社長です。かつ国民政府の工作員でした。ヒトラーに日本を罵倒する上申書を出しますが、本国召還となっています。
慰安婦決議の主役、マイク・ホンダという米国下院議員は中国・韓国・北朝鮮の票と資金で当選した議員です。「政治掛帥」という中国語があります。政治はすべての学問に優先するという中国人の考えを象徴する言葉です。歴史学というのは、史実の研究よりは政治への奉仕が優先するという意味です。中国人の歴史認識は政治的主張です。これを日本人はよくわきまえておく必要があります。「南京大虐殺」「三十万人」などは中国人は実はどうでもよいのです。おそらく本心では信じてはいないでしょう。現に「数の問題ではない」と言い始めたではありませんか。「問題は虐殺があったかどうか」だと言い始めたのは、歴史は政治の侍女だからなのです。日本人の史家の中の数万人の虐殺はあっただろうという「中庸」な立場の史観こそ、餌食になります。
支那の正史(官史)は全て例外なく偽史の書です。理由は官史だからです。前の王朝の
徳がかくして失われ 、天の命が革(あらた)まり本朝の世になったと説くのが易姓革命の国の政治書の宿命です。だから正史(官史)に異本(バイアント)はありません。それが支那史学なのです。秀吉を「猿」とした東照大権現が、明治になると「狸親父」に化ける程度が日本の政治書です。知ってはならない歴史の存在というのは、日本人には骨がらみの宿命なのかもしれません。『魏志倭人伝』の舞文・文飾を日本人は真に受けて「水行十日・陸行一月」の邪馬台国を様々に比定していますが、中国人は可笑しくて堪らないでしょう。魏王朝の全権を掌握した司馬酪(しばい)様の御威光は敵国・呉の近くの女王国にも及んだのであるという舞文だと日本人は知らないから論争が展開されています。いかにも日本人の風景です。

日本人は歴史とアイデンテイティを取り戻すために頑張ろうではありませんか。
平成19(2007)年9月末日
『続日本人が知ってはならない歴史』若狭和朋著(2007年)